急激に変化した食生活
食 品の安全性について様々な問題が浮上している。狂牛病、遺伝子組換え食品混入、牛肉偽装表示事件、ミスタードーナッツ事件、協和香料化学事件、ほうれん草 農薬残留事件、無登録農薬事件など。真剣に考えたら「何も食べられない」ということで無関心にならざるをえない状況になっている。
一方、 健康問題も深刻である。ガン や糖尿病、心臓病、高血圧症など生活習慣病は年々急増し、アトピー性皮膚炎や花粉症などのアレルギー性疾患も蔓延している。さらに肥満児が激増し、生活習 慣病は年々低年齢化している。平成14年、厚生労働省が発表した糖尿病実態調査によると、糖尿病で通院中の患者は218万人、この病気の可能性を否定でき ない人が1620万人にものぼるという。それらに伴い国民医療費は31兆円を突破してしまった。
農業問題も深刻だ。米の生産調整は37.5パーセントに達している。食糧自給率はカロリーベースで40パーセントにまで低下している。これは先進国の中で最低の数字だ。もはや日本は砂漠のような食糧自給率の国になってしまったのである。
食品の安全性、健康、医療、農業、食糧など。一挙に問題が浮上しているわけだが、それらは別々に語られ、論じられていることが多い。しかし、真剣に考えてみると、背景には同じ問題が絡んでいることがわかる。
そ れは食生活の急激な変化だ。私が医療機関で接する患者さんで一番多いのは乳がんの方だが、他の患者さんに比べ若い人が多くなっている。そして、これらの人 たちの食生活はかなり特徴的だ。わかりやすく言えば「カタカナ」だらけの食生活。例えば、朝食はパンにバターを塗り、サラダにドレッシング、ハムエッグ、 ヨーグルト。昼食はサンドイッチかスパゲティ。三時のおやつにはクッキーかケーキにコーヒー。夜はご飯にハンバーグ、スープ、サラダにドレッシング。しか も、ほとんどの患者さんは、この食生活をそれほどひどいとは思っていない。朝食がドーナッツと牛乳などという全く食事になっていない人も増えている。
私 たちは長い間、穀類や芋類を主食とし、季節の野菜や豆類、海藻類、魚介類を中心とした食生活をしてきた。食生活に国籍があり、地方があり、季節があり、家 庭の味があった。それが、戦後、この50年で急激に変化した。米の消費が激減し、輸入小麦粉(パン、スパゲティ、ラーメン、ピザ、菓子類、スナック菓子な ど)や、バター、マーガリン、植物油などの油脂類、砂糖を含めたさまざまな甘味料、牛乳・乳製品、肉・食肉加工品などが急速に増えた。これだけ短期間に食 生活が急変した国は、世界中を探してもないだろうといわれている。
栄養改善普及運動(日本の魂を奪う運動) こ れらの背景には、栄養改善普及運動(食生活近代化論)があった。戦後の栄養教育や保健所などの行政機関がそれを推進してきたのである。特に、国民一般に影 響を与えた言葉が、「ご飯は残してもいいからおかずを食べなさい」「タンパク質が足りないよ」「日本人はカルシウムが不足しています」「日本人は塩分が多 すぎます」というものだ。この4つをひとまとめにすれば、「欧米の食生活が理想だ。日本食はダメなんだ」という日本食・伝統食の崩壊運動だったとも言え る。別の言葉でいえば、「食文化」の否定運動だった。欧米型食生活の推進だから、今の若い人が“カタカナ食生活”に疑問を持たないのも当然のことだ。 平 成14年、日本は約1620万トンものトウモロコシを輸入している。同年、小麦の輸入量は約560万トン、米の生産量は約990万トン。トウモロコシと小 麦粉の輸入量だけで米の生産量の倍以上にもなる計算だ。もちろん、私たちが直接それだけのトウモロコシを食べているわけではない。ほとんどは牛や鶏などの 飼料として使われている。小麦はパンや洋菓子、めん類、スナック菓子などに利用されている。 かつて、私たち日本人は、米食民族だと言われてきた。しかし、昭和55年、米の生産量をトウモロコシの輸入量が上回るようになる。その年から、私たちはトウモロコシ食民族になってしまったのである。 肥 沃な土地、温暖な気候、飲料に耐える豊富できれいな水。日本は豊かな自然条件に恵まれ、1億2千万人の胃袋を満たす主食、米がありながら、その生産調整を 続け、世界の穀物市場から経済の力を頼りに大量のトウモロコシを買いあさり、肉、食肉加工品、牛乳、乳製品をむさぼり食べているのである。そのトウモロコ シは、飢餓に苦しむ国々の主食になる食料だということを忘れてはいけない。 大きく見たとき、戦後の栄養改善普及運動の失敗は明らかである。その結果が食品の安全性の問題や健康、医療、農業、食糧問題として現れ始めたのである。
戦後の栄養改善普及運動の「象徴」が学校給食だ。
現在は朝食にパンを食べる家庭がどんどん増えている。それを普及させたのはファスト・フードではない。学校給食 。
米の生産調整をしながら、成長期の子どもたちに輸入小麦粉を食べさせ続けているのである。
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